レバノン当局がカルロス・ゴーンを日本に引き渡す可能性大 Kカルロス・ゴーンどころではないレバノンの経済危機とコロナの影響
伊藤めぐみ (中東在住ジャーナリスト)
デモ参加者に破壊されたATM
レバノン人はカルロス・ゴーンにかまっている暇はない
「レバノンといえばカルロス・ゴーンですよね!」
2019年12月に日産の元会長カルロス・ゴーンが日本からレバノンに逃避行した。私はその頃、レバノンにたまたま滞在していて、日本に住む知人たちから上記の言葉を言われることが多かった。しかしいまいち、ピンとこない感じが続いていた。
というのも、当時のレバノンはゴーンどころではなかったからだ。2019年10月から続いていた反政府抗議デモと、それに伴う経済の悪化で人々はかかりきりだった。むしろ日本人向けに「ゴーンの家の前には日本の報道陣が大勢いて、車が通れないから困っちゃうのよね!」と笑い話として話す程度で、そんな会話の後、今日のデモで何が起きているのかをレバノン人同士、熱心に話していた。一大金持ちの脱出劇よりも、自分たちの国がどうなるのかという重要な局面だったのだ。
宗教・宗派がついてまわるレバノン
だからといってゴーン氏の事件がレバノンにとって特殊なことだったというわけではなく、レバノンらしさを象徴した出来事でもあった。人々の関心の中心だった反政府抗議デモの目的と通じるものもある。
ゴーン氏の日本脱出に手を貸した人物の1人はゴーン氏の宗派、キリスト教マロン派の人物であったとすでにいくつかのメディアで報じられている。またゴーン氏はレバノン到着後、すぐにキリスト教マロン派である大統領とも面会している。別にこれはマロン派が特殊な結社を持っているわけではなく、レバノンでは一事が万事、宗教宗派的なつながりを基本に物事が進むことが多いからだ。信仰心が強いという意味ではなく、利害集団として、日常的なパートナーとして宗派が機能してしまっているのである。
レバノンでは公式に18の宗教宗派が認められており、しかも政治家の議席数や、公的な仕事に関してはおおまかな宗派でその数があらかじめ決められている。宗派に分類できない政党も、どこかの政党と協力関係を結んで出馬する。レバノンでは現在100 以上の政党が存在している。
なぜこのような仕組みになっているのかといえば、宗派も深く関係したレバノン内戦(1975年−1990年)を終わらせるためだった。宗派間の権力拡大争いにならないようにと決められたのだ。しかしそのことがレバノン政治の腐敗をもたらし、人々の不満と怒りを生み、今回のデモへとつながったのである。